教科書と教育指導要綱のジレンマ


この写真を見て、パパに似てるなって感心してしまった。やっぱり遺伝って面白いんだなぁ。
今日は俊哉が髪をカットし、その間に玲君と嘉奏子が歯医者さんへ行き、時間が無いので、ダイエーでお弁当を買って子供達を家へ連れて帰って、Uターンでコミスク会議に出てきました。
報告諸々、こんな時間に; もう10時過ぎ。
今年もコミスク便りを作るの大変だけど、頑張るぞ!俊哉のためだ。→と、自分に言い聞かせる。
今日は早く寝たい!→と、目標を11時にしてみるが、毎日1時になってる。
今日も会社から帰って、家に戻って椅子に座ったのは9時半。リビングの残り半分のワックス掛けをしたい、したい、と毎日思ってる。

昨日、玲君の担任の先生が電話を下さいました。
「玲君、宿題していますか?最近、勉強の意欲が全く無くなって、どうしたらいいか?」云々
私は、玲が頭が悪いとは思ってなくて、逆に賢い子なのを知っているので、文部科学省が決めた教科書のマニュアルに合わないだけだと思っています。
先生の心労を聴きながら、丁寧に感謝を述べ、今日は玲君の算数の宿題を見てやりました。
普段は疲れているので、学校にお任せしているのですが、もう学校の授業には随分とついていけなくなっていて、久しいので、勉強が面白くないらしいのが見て取れました。
それで学校の細やかな、文章に直してから問題を解こうとするやりかたを端折って、何で算数の問題を解くために、一回国語に直す必要があるの?!変じゃないか。その国語でつまづいちゃってて、本末転倒じゃないか。
そこに着目して、文章に直すのをやめて、ダイレクトに計算を解かせたら、苦手だって逃げていた算数の繰り上がり算が、スラスラ解けて、1分間に1ページできちゃった玲が言った言葉。
「オレ、こんなにパワーアップしちゃったわ★」
お目目キラキラで言いました。
明日の分まで問題を解く勢い(笑)問題集を目の前に、寝てしまっていた子が嘘みたい。
そこでこんなことをもう1つ伝授しておきました。
「もし学校の先生が、難しいことを言い出したら、目の前で問題をこうやって、ドンドン解いてみな。問題を難しく国語に直そうとしたら、そんなの放っといて良いから、問題を解いて、先生に答え合ってる?って見せてみな。」
ようするに問題が解ければ良いんじゃないの?1の位が足して繰り上がって、10の位が1つ増えるから〜とかなんとか、文章に直す必要は無しっ!問題はサッサと解いて、正解してれば良し!
そう教えました。
文部科学省が、ゆとり教育とか、面倒なことをしたツケが、今の教科書なのか?
よく解んないけど、全ての子供が、教科書通りにできないような教え方を先生にさせているのって、先生も気の毒。
先生は教育指導から逸脱することはできないだろうなぁ。立場も良く解ります。
ようするに、小さな問題を大きくしなくても、サッサと解いて、次のレベルに上がろうよ。
そういう柔軟性のある教育は、難しいんだろうか?きっと今の日本じゃぁ無理なんだろうな。学力低下の理由は、こういうところが大きいんじゃないか?
教育指導要綱に問題があるんじゃないか?やっぱり私立の方が、良いの当たり前なんだろうなぁ。
今月は玲君の精神分析の病院へ行きますが、型にはまらない息子のために、私も少し手を貸した方が良さそうだなと思いました。毎日忙しいけど、時間を創り出して、次のステップへ一緒に上がるキッカケを見つけた気がします。
今のままでは、発達異常という病名を付けられるんだろうな。別にどこも悪くないのに。普通より飛び出てて、頭の回転が速いんだけど、マニュアル通りにするのが難しいってだけで、発達障害かぁ。活きにくい世の中だなあ。複雑な心境なり。
今日は仕事探しをしていて、日付が変わってしまった。
正直、まだ探すには早いんだけど、何かせずには居られないんだな。
お兄ちゃん達は、お風呂に入って寝たけど、嘉奏子はリビングで寝ちゃった;申し訳ない。ゴメンね嘉奏子。こんなママです。