嘉奏ちゃんが教えてくれたこと


私は本物の愛情とは決別する人生で、あまり人に愛される環境に長居できないらしい。子供のころは母親の愛情無く、祖母に可愛がってもらった。これが幼少の私を支えてくれた、祖母からの本物の愛情。次に初恋の相手は、無償の愛をくれた。それを無理やり引き裂いたのが、母親。30代も半ば過ぎて、無償の愛をくれる人なんて、そう居ないもんだってことがよくわかる。パパには無償の愛を向けてきた。でも裏切られて傷ついた。結局この人とはずっと一生パートナーにはなれないと思った。愛しているけど、幸せになれないなら、別の幸せを見つける旅にでなくちゃ。最近、決心を固めつつ日々色々と考えている。
私が見つけるべきなのは、無償の愛だろうと思う。子どもが3人も居て、女の子も生まれて、子どもたちのことを考えると、恋愛をするなんて本当に面倒くさい。日々が大変なのに、恋愛の入る隙間すらない。一笑して蹴散らしたい気分。でも…自分の本当の幸せは、どうしたらいいのか?どうなりたいのか?何が必要なのか?色々と考えるようになったには理由がある。
先日、妹がわざわざ東京から来てくれた時に、これ良いよ!と置いていった1冊の本。それには「姓名の記号」とあって、名前には人生(宿命)が刻まれている。っていう説が書かれていた。様々な事例を読みながら、ネットでも無料の鑑定とかしていて、成るほど〜確かに〜;と思うところが多かった。何よりショックだったのが、嘉奏ちゃんの名前は「人生にこれでもか!というくらいの逆風が吹き、普通の苦労は苦労とも思わないような人生。自分のわがままは一切通らず、悲運を嘆くこともあれど、樋口一葉のように、逆境に立ち向かう中で、後世に偉業を残す人もまれにいる。」とあって、子どもの幸せのために、何でもできる。子どもの幸せのために頑張ってる。なのにこの子は苦労するのか?
理由は、隔世遺伝にあって、嘉奏ちゃんは父方の祖父にあたる人が、妻を見下げて、わがまま好き放題したため、その念を浄化するために、逆に苦労するために生まれてきた。と書いてある。確かに。じいちゃんは好きに生きた人だと聞いてる。何より幸せになって欲しいと願うのに、それが苦労するとあれば、心が痛むのも致し方ないだろう。本人がわかっていて、こんな強い子が生まれてきたんだから、それはしょうがないことではあるけれど、かなり当たってることから、少しでも余計な苦労はさせたくない。親心としては改名まで考えている(親バカです;)
そんなこんなで、我が子が苦労するってことが、かなりショックで堪(こた)えました。そんな軽いショック状態の中で、自問自答したのは、子どもたちが幸せになるために、私自身は苦労しても良いと思って頑張っていたけど、報われないとしたら…
「今の私は、我慢して頑張ってる。本当に幸せじゃない。もっと幸せにならなきゃ。もっと幸せにならなくちゃ。」そう思いました。そこから、どうすれば私自身が今の状況で幸せに持っていけるのか?という自問自答が始まったわけ。どうやら私の人生の転機を目前にしているようです。昔から色んな人に言われてきた、38歳人生の転機。色々と静かに動き出しているのを感じています。