みんなができる限りを尽くしてる幸せ


みんなが現代医療の制限がある中で、できるだけ自然な分娩で母子共に元気で良いお産ができるように考えられる限りを尽くして努めています。ありがたいことです。私も雨の中を10km歩きました。前日までのジャンプ等々で腰が痛くてヨボヨボですが、歩けるだけマシと思います。赤ちゃんも元気です。ちょうどお散歩から帰ってきた時に、助産師さんから電話が入って、「今からオリジナルで調合してもらったレメディーを持って行くから居る?」と尋ねられ、みんなが最大限の応援をしてくれていることをありがたく思いました。
嘉奏ちゃんはこうして生まれてくるんだよ。
今日は午前中に仕事を終わらせてから、散歩のために家を出ました。先ずは、そうだ!野田恵美寿神社へお参りをと思いたって信号を渡りました。絵馬に「母子共に出産・産後も健やかでありますように」と書いて奉納しました。おみくじを引いたら「願い叶う、病気本復す、待ち人来る」とありました。これもみんなのお陰でしょう。ジャスコまで歩いていき、重いものは持てないから、オシリナップやら少々買い物をして、商店街でトマトを買ったりしながら帰りました。
保育園では俊の担任の先生は若くとも素晴らしい先生で、リーダーシップやら、思いやりやら、指導者としての資質をいかんなく発揮して下さって、子ども達の成長を導いて下さっています。「明日は音楽会があるから早く起きるな」と言いながら、目覚まし時計を自分でセットする俊の姿がありました。正直なところ日々の微妙な体調管理で手一杯の感があるけど、子ども達のママとして充分なことができずに居るけど、周りの人に助けられています。ありがたいな。ありがとう。
私も自然分娩にはならなかったけど、覚悟を決めました。前回、お産の後遺症に苦しんだ2年間のリハビリがトラウマとなって、出産に恐怖感があることを自分でも今回は実感しました。
でもそれを乗り越えるチャンスなのか?もう一度 子宮内膜剥離をすることに決めました。42週という世間の一般に合わせるために。
後のことなんて誰も面倒を見てくれる訳じゃない。誰もが一般的な基準で推し量り、外れれば異常と主張される。
別に異常でもなんでもないし、その基準に合わせた結果、トラウマが残るほど後遺症に苦しむことになろうが、誰も責任を取ってくれるわけじゃない。全部自分で背負っていかなくてはいけない。もう1度、それを覚悟で産むしかないんだよね。でも覚悟は決めました。神様の力添えがあれば、産後赤ちゃんを抱っこしたり、歩くことができるでしょう。座布団の上に赤ちゃんを乗せて、床を引っ張って、自分は這って動いた産後の経験って、誰もがする訳じゃなく貴重な経験だったと思う。「健康」であることが当たり前じゃない、ありがたいことだって思うし、赤ちゃんが無事に生まれた喜びだけじゃなくて、出産を果たしたママの身体や神秘と努力って凄いなって、より深く心に刻まれたから。