世界遺産 熊野古道 ★大阪発日帰り旅行(中編)


熊野本宮大社の鳥居(とりい)写真でみるより、ずっと大きく感じる一本モノの樹の柱が力強い鳥居です。
左右にはためくのぼりが、ずーと上のほうまで続いていて、下から見ると一番上の境内は見えないんですね。これを登っていくのか〜っていう感じ。
※心臓破りの石段(かなりの傾斜と高さを登るんだねー)

※石段の途中の数箇所の踊り場には、こうしてベンチが置かれていてちょっと休憩。流石に途中で休憩しました。
子どもは凄いね!俊(4歳)は喋りながらどんどん登っていって、時々振り返っては、私たちを応援してくれてるの(笑)
パパ&ママは、ひいふう言いながら、もう心臓もバクバク
他にも60代に見える方も団体バスから降りて登っていらっしゃって、しみじみ「一生に一回、今来れて良かったね」って話ながら、かなり無口な感じで登りきりました。

後鳥羽上皇の句が石碑に刻まれていました「はるばると さかしき峰を わけ過ぎて 音無川を 今日みつるかな」
 生涯上皇として統治されている間に31回もこの地を訪れたのは、皇族の歴史の中で、唯一政略者と名高い策士である後白河上皇
 源氏の党首も一目置く存在であった人が、信心深かったのですね。
 もしかしたら、霊験新たかな神の言葉を伝えることができる霊媒師が、この地に存在したのかもしれません。
境内に上がると、右にお札やお守り等々並んでいるところがあって、巫女姿の官女が居て、ちょっと華やかな雰囲気に一転。その陰に隠れるように、石碑がありました。

熊野本宮大社
入り口のところで、パパが「人生出発の地って書いてあるよ」って指差して言いました。
そう。私にとってはまさに人生の出発であった2002年に見た夢に導かれてやってきた地だけに、ここに来れたこと、そして今まで導いて下さったことを感じ、御礼を伝えることができて嬉しかったです。
境内は厳かな雰囲気で、商業化されていない日本本来のお社のたたずまいで、カメラを向けずに心に刻むようにその場所を感じながら、お参りしていきました。
俊は昨年亡くなった愛猫のことを4回も祈りました。「シュンシュンのところへウリさんが生き返りますように」って玲君は一生懸命石段を登り、自分でお賽銭を投じ、みんなの真似をして楽しんでいます。
境内の出入り口には、おみくじが置いてあって、やっぱりこれはお約束なので、みんなで1つずつ取りました。

厄年とかお払いなどはこちらでするみたいです。
私が昭和46年生まれの本厄なので、お祓いしてもらったら?と言ってくれたけど、私の場合はいつも子どもが厄を祓ってくれているから、特に何もせずに帰りました。
こちらの建物は比較的新しいたたずまいで、ピカピカしてます。

本宮大社を降りてからスグ右にある茶店で山菜そばとお茶を頂きました。
道路を隔てて、元々川の中州にあった熊野本宮大社の場所(大斎原/おおゆのはら)へ行きました。
以降、後編へ続く…