パパに感謝

パパは人の何倍も働いています。聡明で能力があり、更にそれを活かしています。管理職でもあり、人をまとめる人望もあります。
子供達がパパの仕事ぶりを観るチャンスが無いのが残念ですが、支持を出したり、沢山の散らばったブロックを組み立てて形にしてゆき、イベントをこなしていきます。多くのイベントが並行して準備が進められ、年間のイベント数いかほど?もう流れるように次々とこなしていきます。見事です。
パパが言いました。「パパはお前たち(子供達)が食いはぐれないように頑張るんだよ。」
ありがたいです。嬉しかったです。そして私もパパの愛あってこそ頑張れます。
子供のために頑張る母親は世間では当たり前だと思います。私はどうも違うようです。これは自分に欠如している部分があるからだと分析しています。
祖母も同じでした。祖母にも欠如した部分がありました。
私と祖母の共通点は、母親から十分な愛を受けられなかったということです。すると一部未熟なまま大人になります。母親である前に人である私は、未熟だと思います。
去年のことで、私には家族が必要であって、子供が必要なわけではないとわかりました。もちろん子供たちを否定しているわけではありません。子供たちの個々の個性を認めています。人として認めているとも言えます。
子供達は私の「もの」ではありません。だからこそ、家族としての絆はあるし、大切なんだけど、根幹は夫婦としてのパートナーなんだと私は思っています。そこが崩れると、私自身モロイです。
私は今 リーダーシップって何だろう?カリスマ性って何だろう?と考えていました。それは信念と自信だと思い当たりましたが、私にとっての信念って?仕事をする上の信念と自信は?そんなことを思って、今日は書いてみました。
最初は自分を信じるから。という不確定な自信であっても、経験を積み重ねて本物の自信になるようにしていきます。