今日は嘉奏ちゃんの一ヶ月検診


毎週1〜2個くらい自分のやりたいことを実行しています。先週は床のワックスかけができた(やったー!)かなり嬉しいです。その前は本棚を移動させて、リビングを広くしました。(子供たちがノビノビと広く遊べるようになって正解だ)日々の仕事や、仕事上の色んな変更事項やら、いくら時間があっても足りない中、鍼灸治療が始まったので、鍼をした日と次の日は、寝ても起きても、どうにもならないくらい身体がだるいし、私だけじゃなくて玲君が事故したり、怪我したり、何だかんだで予定が入って、1週間はあっという間です。
流石に昨日は疲れたー!ちょっとで良いから、誰かの手を借りれたらなぁ。しんどいなぁ。1日が終わって、鏡の前で笑えない自分を見て、頑張りすぎだよって言ってやった。やっぱりこんなに疲れるまで頑張ってるあなた(→私)は間違っているんじゃない?って言ってみた。パートナーが要るんじゃない?とか心に探りを入れてみたりもした。この答えはスグには出ないんだよね。複雑だし、私の心が動かないから。
そして今日は今日は嘉奏ちゃんの一ヶ月検診。俊の時は子育てが楽しくてしょうがなかった。俊の溢れる輝く生命力が私に幸せを運んできてくれました。玲君の時は自分が倒れて何もしてあげられないどころか、自分のことすらままならない状態でした。でも醜くむくんだ顔、ボロボロの身体を引きずって生活をしていたあの時は、本当に情けなかった。つらかった。
いつもパパは気に掛けてくれて、時々サポートしてくれたのは嬉しかった。それで信頼や私の心の癒しやら、色んな心の変化があった。
私だけじゃなくて、玲君もまた病弱で病院周りばかりしていた。しかも訳のわからない病気ばかりで、誤診で病院を転々をしてたなぁ。
玲君のお陰で、もっと自分を大切に、健康が一番大切だよって教えられた私。嘉奏ちゃんが生まれて、私が居ないとスグに泣いて抱っこ抱っこは大変だけど、自分が健康を取り戻しつつあるのが嬉しくてしょうがない。
いつも安静に!といわれているのに、嬉しいもんだからつい調子に乗ってしまうくらいで(笑)妊娠中からこの子が1番順調だと思う。
俊の時は妊娠中に悲しみ過ぎて、俊にトラウマを残してしまったから。これは俊の人生を共に寄り添っていかなくちゃと覚悟している。私の責任の部分は、一緒に背負っていこうって思う。嘉奏ちゃんは妊娠中も悲しいとか、マイナスの感情はほとんど持たなかったし、むしろ幸せだった。素晴らしいスタートができて、一ヶ月が経って、一息振り返って思うのは、全てこれからだってこと。
女の子が我が家にやってきてくれたことが意味するのは、私が本来の自分を取り戻して、自分を見つける旅みたいなものだってこと。
生を受けること、生まれてくる意味、生きる意味、先祖から受け継いでいる課題、全ての鎖を私が断ち切ってやる(笑)代々続いてきた、系譜の課題が私にはハッキリ見えているから。
グッっとこらえるでもなく、サラッっと流して生きていくこと。先ず自分を取り戻して、自分らしさや、自分の感情を持てるようになること、そこから子ども達への幸せの道を開いていけるのだろうなと思う。考え方のクセとか、感情のクセとか、色々と見据えながら、この子達に「ノビノビと輝きながら育って」もらうために、幸せのために先ず私が幸せになることなんだよね。そう思えるようになったのが、嘉奏ちゃんの生まれてきた時です。